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山口家庭裁判所岩国支部 昭和52年(少)2号 決定

少年 M・Y(昭三八・一一・一九生)

主文

少年を教護院に送致する。

理由

1  少年は一四歳未満の者であるが、昭和五二年一月五日午後五時四〇分ごろ、山口県玖珂郡○○町○○○○○○地区の山道において、自転車を押して帰宅中の○岡○江二四歳を発見するや、かつて、漫画雑誌等読み女性の体に対する好奇心を持つていたので、同女を姦淫などしようと考え、同女に近づき後からいきなり抱きついたところ、抵抗され、その場にあつた石をもつて頭部をめつた打ちにし、瀕死の状態の同女を山道を離れた山小屋前の広場まで引きずり上げ、陰部に指を挿入するなどしていたところ、通行人の声がしたので直ちにその場から逃走しその目的を遂げなかつたが、右傷害により左側頭骨複雑骨折、左急性硬膜下及び硬膜外血腫、脳挫傷、頭部裂創全治二ヶ月の傷害を負わせた。

上記所為は刑罰法令(刑法第一八一条第一七七条)に触れる行為であるが、少年の要保護性から特に問題にすべき点は次のとおりである。

一  少年は、四方山に囲まれ自然の豊かな平穏な田舎で、努力型の勤勉家の官吏であつた祖父(父方)の許で、国鉄に勤務しながら農業を経営する真面目な父と母の長男として出生した。

一時は健康優良児として父母の愛護と厳しい祖父の独善的な躾を受けながら保育園に入園した。しかし肥満児であつたために他の園児から「でぶ、でぶ」とからかわれ、保育園生活に馴染むことが出来ず孤立的であつた。

小学校入学後は重度の蓄膿症と中耳炎に罹つたこともあつてか学習意欲なく成績も振わなかつた。

家庭では独裁的な祖父の勉強の強制、叱咤激励、母親任せの父親、生活面、教育面においてもルーズで感情的な禁止的指導で情緒面の欠如した母親の非難から保護者に対する恐怖心を持ち何事も消極的となつた。

高学年に進むにつれ少年は劣等感を持ち、怠慢的な傾向が強く不潔な面もあつて、他の児童から嫌われるもさほどに意に止めず、同世代の行動にも無関心で孤立的性格が固定化し動作も緩慢であつた。

中学校に入学し、蓄膿症の手術をなし柔道部に入部してからは部活動を通じ少年の行動も明るい方向に進むやに感じられたが依然として、交友関係もなく教科に対する興味を示さず積極的な学習参加もなく成績も下位であつた。

家庭教育は祖父が昭和五〇年に死亡したので独裁的な雰囲気は解消するも家庭団欒と言つた和やかな対話はなく不良漫画等を読み、偏見的な性の芽生えから女性の身体に対する接触感等の好奇心が高まる一方、社会規範の未成熟さと、本件直前にたまたま同年輩の男性と争い、相手を萎縮させ、これまで少年の得ることのなかつた勝利感との相乗的競合によつて本件に至つたと考えられる。

二  少年の知能は準普通域(IQ九七)で理解力、判断力に乏しく動作は緩慢で、新しい場面に対しては当惑、混乱を招き、即応力、適応力低く、自立性に乏しい、子供つぽい空想の世界にあつて、現実の行動に関心が低く、一人よがりで主観性が強い。自我の萎縮があり活発な自己表現が出来ず一見して素直で従順、温厚であるが、気が小さく臆病で恐怖心が強いため対人場面の緊張が強く言動に用心深く寡黙となり頑固で要求固執の傾向がある。

他面、一寸した言動を強い叱責や非難として受止め易く、自分ばかりが叱られる、何事も自分のせいだと被害感情を育て易く、自己表現の貧しさ、主張出来ないために不平不満的感情が内向することが多く、弱少者に対しては親和感を持つが同輩に対する疎外感、圧迫感を持ち易い傾向がある。

三  少年は幼少から肥満児で、そのうえ重度の蓄膿症と難聴と言つた身体的負因もあつて動作が緩慢鈍重、根気がないこと、家庭、学校内での賞讃的体験は稀れで叱責、非難を受け、仲間からは、からかわれ劣等感を高め、疎外感から恐怖感に結びつき、家族の期待過剰、過支配的教育、感情的で粗野な躾が、少年の表現主張を臆病化し、不平不満、攻撃性を内向せしめた。

社会生活の規律に対する心的機制の未成熟さと情緒的な接触の稀薄による感情の欠陥、罪障感の乏しさ、感受性、共感性の低さが空想の世界から短絡的に現実場面の行動化されたとき、非社会行動に惹起する傾向がある。

少年は集団生活からの落伍生徒としてこれまで問題視されながらも非行少年としての問題を起していない。

従つて非行性の学習を矯正教育と言う事よりも社会性の訓練、成長に順応した情操的教育を施し、少年に正当な自己の表現が出来るような健全な自我成長を促す必要がある。

しかるに、これまでの家庭環境からみて在宅による生活指導には期待が出来ない。よつて集団生活の中で自我の回復の訓練をすると共に社会性を養うことが必要と認め、少年法第二四条第一項第二号により決

定する。

(裁判官 英一法)

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